おさかなくわえたどら猫

お魚くわえたどら猫~って歌、日本人ならきっと誰もがご存じだと思います。

誰もが一度は観たことがある人気アニメの歌ですよね。
私もよく観ていましたし、これほど日本人に愛されているアニメって他にはないんじゃないでしょうか?
でも、実際「お魚くわえたどら猫」を目にしたことがあるって方は少ないかもしれませんね。
私もそうでした。でも、なんと今日初めてお魚くわえたどら猫を発見したんです!
どうやって手に入れたのか分からないのですが、小さなお魚をくわえたどら猫が猛ダッシュしている姿・・・。インパクトがありました。
さて、あの猫ちゃんはいったいどうやってお魚を手に入れることができたのか?
考えられることとしては、近所の方が小さなお魚をごはんとしてあげた、またはお魚屋さんから奪ってきた、といったところでしょうか。
小さなお魚とはいえその辺に転がっているはずはありませんから、お魚屋さんの店頭から盗んできたか誰かにもらったというのが現実的ですよね。
ただ、この辺にはそんな昔ながらのお魚屋さんもありませんから、誰かが調理しきれなかったお魚をあげたのかもしれません。
猫って本当にお魚とか大好きですよね。
野良キジちゃんも煮干しとか大好きですから。

癒やし

何となくしんどいとき、気分がすぐれないとき、イライラしてしまうとき、皆さんはどうやって解消していますか?
こんなときってやっぱり癒しがほしいものですよね。
人によって何に癒しを求めるかはまちまちだと思いますが、私の場合はもっぱら大切な家族同然の存在である野良きじちゃんと金魚かな。
野良キジちゃんとは頻繁にお話しているし、金魚ともよくお話することがあります。
まあ、ペットを飼っていない方からするとどうやって動物とお話するんだって思われちゃうかもしれませんが、ペットを飼っている方のほとんどは自宅でペットとお話しているんですよ?
私がどうしようもなく疲れているときも、野良キジちゃんに話しかけるときちんと相手してくれます。ゴロゴロいったり、気まぐれにニャーって泣きながらスリスリしてくれたり。ただいまーって家に帰ってきたときに足元でスリスリされたらそれだけでも幸せな気分になりますよね。私にとっての癒しは間違いなく野良キジちゃんと金魚ちゃん。多分、ペットを飼っている方ってそういう人が多いんじゃないでしょうか?自覚していなくても、ペットが自分の癒しになっていることは十分考えられます。ほんと、ありがたい存在ですよね。

野良キジ

わたしの家の家族と言える存在の野良キジが好きなのはブロックで出来た塀、猫なのでそういった高い場所が好きなのは当たり前なのですが、その姿がとても画になります。

満足気によじ登る猫を眺めながら自然に時間が進むのがとても心地良いのは、今がとても充実している表れなのかもしれません。
ほおって置くと上で寝ている猫ですが夕方にもなればいつのまに戻ってきている、そんな気ままな猫と一緒に過ごす時間がなによりも幸せだと感じる事もあります。

極稀に見たことの無い他所の猫が占領している時があり、そんな時にはわたしのうちの猫は寄り付こうともしません。
縄張り意識がしっかりされているのか、あまり争い事をしたくないのか向かっていかないのが私の飼い猫らしくもあります。

洗濯物そよそよ

洗濯物が風にそよいでいる光景を、今日もみていられる私は幸せだなと感じます、心が穏やかな時はこういった何気ない光景でさえも微笑ましいものです。

台風や雷といったものは苦手で、風はそういったものとも仲が良いのですが今日のようなそよかぜは心地良いというのがとても適切な表現です。
きっと感じ方次第で自然な事柄は印象が違うのだと思います、私が苦手なものだって誰かが好むものだったり望んでいるものだと言う事だってあるはずです。

だから、あまり毛嫌いせずに今は自然におきる現象を楽しめるように居たいですね。
急などしゃぶりは少し困ってしまいますが、そういった事が起きる事すらも楽しめるようになれば、わたしは少し器が大きくなったのだと確信できます。

夏がきた

毎日暑いですね。日本の夏はどうしても湿気が多くなるから嫌なんですよね。暑いからといってエアコンをつけっぱなしにしていると体調を崩してしまいますから、できるだけエアコンもつけないようにしているし、扇風機の前からあまり動かないような生活になってしまいます。

この時期になると猫ちゃんも暑さ対策として毛が少なくなるみたいですね。うちの野良キジちゃんも暑い時期になると毛が少なくなるような気がします。きちんとブラッシングしていますが、毛の取れる量も少なくなってきますから。うまいことできてるな~ってちょっと感心してしまいますね。野良キジちゃんも毎日少し暑いみたいなので扇風機の前から動きません。

扇風機の前から動かない野良キジちゃんはとても可愛らしいのですが、どんどん野良らしさが消えていきますね。それは決して悪いことではないと思いますし、もう野生に帰ることもないだろうから大丈夫でしょう。このままずっと私のそばにいてほしいと思います。時々、私のお友達が家にやってきてだらしない恰好の野良キジちゃんを見て「猫じゃないみたい」と言って笑っていますけどね。まあそういうところも含めて野良キジちゃんは可愛いんですよね。

音楽

音楽はわたしの人生において欠かすことの出来ないかけがえのないものの1つ。

これまでの人生の1つ1つの思い出に、その時々の流行歌や感情を重ねた曲が組み合わされて記憶に残っており、長い月日が経った今でも、その1曲1曲も思い出と共に大切にしている。
その中でも、わたしの記憶に鮮明に残っているのが節目節目に聞いた応援歌。
学生時代の卒入学シーズンの不安に寄り添ってくれた応援歌、スポーツを行っているときに自分を鼓舞してくれる応援歌、そして、失恋をした時に励ましてくれる応援歌、わたし自身が年を重ねるごとにわたしを形成する応援歌が増えていっている。

これからも色々な乗り越えなければいけない事が出て来ると思うけど、この応援歌と共に乗り越えて行こう。

擬態。

動物などが周囲に良く似ている形態になったりする事を擬態といいますが、世の中の人も擬態して生活をしていると言えます。
それは良く言えば周りとの調和を大事にしているという事なのでしょう。
場合によっては個人よりも集団の一部になるという事を大切にするという事が何よりも優先されるという事です。
会社の勤めなどであれば、それは顕著に現れますし、私の周囲でも周囲との関係性を一番に考えて我の強さを抑えて相手を尊重する事も必要です。
社会に出れば、ましてや一つの会社に属する事になれば、ある一定の形であるというのは大切な事ですし奇抜な存在よりも汎用性の高く、相手への理解力が重宝される場合もあるので、擬態というのは現代社会にとって必要なあり方なのかもしれません。

かけがえのない存在

元気をもらうには野良キジちゃんとおしゃべりするのがいい、猫とどうやっておしゃべりするの?そんな疑問を持つ人もいるかもしれないけど、ペットを飼っている人なら気持ちが伝わることが分かりますよね。

野良キジちゃんとのおしゃべりは今日あった出来事をお互いに話していく、う~ん、傍から見ているとひとりごとっぽいかもしれないね。話していると頭の中で考えていたことがまとまってきて、ちょっとした悩みがあると聞いてもらうだけで解消してもらえる。

相槌を打つみたいに鳴いてくれるのもいい、新しいアイディアとかも思いつくし、わたしにとって野良キジちゃんはいなくてはいけない存在になっている。
これからも時々はおしゃべりに付き合ってね!

いつもの朝

朝起きて、いつもどおりの食事をするという動作が何気なくも幸せだと感じます。
もっと言えば目が覚めると言う事すらも素晴らしいでしょう、また違う一日がまっているかもしれないし、昨日のような楽しかった一日を過ごせるかもしれない、可能性は様々です。
何気ない起床が楽しいと感じるだけで一日のスタートがとても良いものだと感じる事ができます。
わたしは休日であればそれから散歩に行き少し気になる店があればランチは外で済ませゆっくりと夕方までに自宅に帰宅するのがいつもの流れです、人からすればあまり楽しい事一日ではないかもしれませんが、そんなわたしの気持ちに正直に自由に過ごせた時間が何より大切だと感じています、また明日も同様の日になってほしいですね。

夢を語るひと

よく夢を語る人がいます。
私は決して嫌いではないけれど、ときどき「それって机上の空論じゃない?」と思うことがあります。
例えば誰かから「この新しい仕事は絶対にうまくいく」や「必ず店を流行らせてみせる」と聞かされた時にそう感じることが多いようです。本人たちはすごく本気なのですけど、よくよく話を聞いてみると、どっかの雑誌や書籍、成功をあおるばかりのようなサイトにあることの受け売りばかりだと感じてしまいます。
決して悪い人たちではなく、それぞれにいいものを持っている人たちばかりですからもっと自分でしかできないこと、自分が本当にやりたいことをとことん突き詰めてからチャレンジする。それができてこそ初めて自分の意見は「机上の空論ではない」と胸を張っていえるのではないかと思うのです。